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この目録について | 目録1 単行本 | 目録2 翻訳 | 目録3 研究論文 |
この目録について
このページの目録は昭和50年4月より昭和53年3月までのものですが,一部例外があります。また目録の内容は『中世思想研究』の20号(1978年)に掲載されたものを基に作成されています。
ギリシア語はすべてローマ字に変換してあります。また,Web上に掲載するために一部表記が『中世思想研究』に掲載されているものと異なる場合があります。
目録
1 単行本
中世関係文献目録:単行本
著書名 | 書名 | 出版社 | 発行年 |
---|---|---|---|
泉治典 | アウグスティヌス (世界の思想家3) | 平凡社 | S 52. 7 |
伊東亨吉 | 経済哲学III | 有信堂・高文社 | S 51. 4 |
金井寿男(編著者 谷口隆之助,津田淳) | 生きることの探究-西欧思想史におけるその展開- (第IV章,中世キリスト教社会の秩序とその破綻) | 川島書店 | S 52. 4 |
柏木英彦 | 中世の春-十二世紀ルネサンス- | 創文社 | S 51. 3 |
三木利英 | キリスト教的古代の研究 | 風間書房 | S 52 .3 |
田口啓子 | スアレス形而上学の研究 | 南窓社 | S 52. |
山田晶 | アウグスティヌスの根本問題-中世哲学研究第1- | 創文社 | S 52. 3 |
2 翻訳
中世関係文献目録:翻訳
著者名 | 書名 | 訳者 | 出版社 | 発行年 |
---|---|---|---|---|
A. アマン | 教父たち | 家入敏光訳 | エンデルレ書店 | S 47. 7 |
F. シャトレ | シャトレ哲学史II 中世の哲学 | 山田晶監修,山田,柏木,長倉共訳 | 白水社 | S 51. 9 |
B. A. ゲリッシュ | 恩寵と理性-ルター神学の研究 | 倉松功,茂泉昭男共訳 | 聖文舎 | S 49. 12 |
M. L. W. レィスナー | ローマの歴史家 | 朝倉文市(共訳) | みすず書房 | S 53. 2 |
J. ルゴフ | 中世の知識人-アベラールからエラスムスへ- | 柏木英彦,三上朝造共訳 | 岩波書店 | S 52. 11 |
J. B. モラル | 中世の政治思想 | 柴田平三郎訳 | 未来社 | S 50. 5 |
E. プシュヴァーラ編 | アウグスティヌス語録 | 茂泉昭男訳 | 日本基督教団出版局 | S 51.12 |
トマス・アクィナス | トマス・アクィナス,神学大全(抄) | 山田晶訳 | 中央公論社 | S 50. 6 |
トマス・アクィナス | 神学大全 第13分冊 | 稲垣良典訳 | 創文社 | S 52. 6 |
3 研究論文
中世関係文献目録:研究論文
著書名 | 題目 | 雑誌名 | 出版社・大学等 | 発行年 |
---|---|---|---|---|
荒井洋一 | アウグスティヌス的な探究の基本構造について | 「哲学論文集」12号 | 九州大学哲学会 | S 51. 9 |
荒井洋一 | 悪の問題におけるアウグスティヌス的な探究の方法について | 「中世思想研究」18号 | 中世哲学会 | S 51. 10 |
荒井洋一 | De Magistro における真理の内的な光について | 「哲学論文集」13号 | 九州大学哲学会 | S 52. 9 |
朝倉文市 | 中世修道院研究小史考I | 「ノートルダム清心女子大学紀要」11号 | S 51. 3 | |
朝倉文市 | 中世修道院研究小史考II | 「ノートルダム清心女子大学紀要」12号 | S 52. 3 | |
E. ブッカー | Meister Eckeharts paradoxale Armutsauffassung. Eine der Wurzeln des deutschen ‘Bildungs’-Begriffes. | 「アカデミア」文学・語学編 23号 | 南山大学 | S 51. |
千阪靖朗 | St. Thomas d’Aquin et Avicenne (Sur les interprétations de l’être et de l’êssence) | Atti del Congresso Internazionale vol. 1 | Edizioni Domenicane Italiane | 1975. 8 |
M. デ・ブラバンデレ | 世の光であるキリストについてのアウグスティヌスの教え | 「カトリック神学」30号 | S 51. 12 | |
M. デ・ブラバンデレ | 助力の恩恵についてのアウグスティヌスの教え | 「カトリック神学」32号 | S 52. 12 | |
藤本雄二 | トマス『真理論』における被造的精神の「本質による認識」 | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
長谷川星舟 | 第二リヨン公会議-東西教会合同問題- | 「ヨーロッパ・キリスト教史」3号 | 中央出版社 | S 46. 7 |
長谷川星舟 | ドゥンス・スコトゥスと教皇権-アナーニ事件の一側面- | 「明の星女子短期大学紀要」1号 | S 51. 7 | |
五十嵐一 | 中世ユークリッド伝承の一展開-Hermenides 証言を繞って | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
稲垣良典 | トマス・アクィナスにおける法と道徳 | 「哲学雑誌」 | 有斐閣 | S 51. 10 |
稲垣良典 | 判断と真理-トマス判断論のアウグスティヌス的源泉に関する一考察 | 「聖トマス学院論叢」 | 聖トマス学院 | S 52. 8 |
稲垣良典 | The Contemporary Significance of Thomistic Ethics. | Atti del Congresso Internazionale | Edizioni Domenicani Italiane Napoli | 1977 |
印具徹 | 中世哲学序説 | 「広島大学文学部紀要」特輯号I | S 50. 2 | |
印具徹 | 聖アンセルムスにおける「恩寵と自由意志の一致」の問題,並びに,それと「ただ神にのみ栄光を」とが矛盾しないことについて | 「シンポジオン」復刊第21号 | 広島大学 | S 51. 2 |
伊東亨吉 | 類比・比喩・詭弁 | 「大阪学院大学外国語論集」3号 | S 51. 11 | |
伊東亨吉 | 普遍文法学と全体文法学 | 「大阪学院大学外国語論集」 | S 52. 9 | |
伊東亨吉 | 西洋思想史 | 「大阪学院大学外国語論集」 | S 53. 3 | |
伊東亨吉 | 言語余情 | 「大阪学院大学通信学部“通信”」 | S 53. 1 | |
岩熊幸男 | 『神学大全』第一部Q. 14, a. 13 に於る若干の問題点 | 「中世思想研究」17号 | S 50. 10 | |
泉治典 | アンセルムス『モノロギオン』における三位一体論とそのトポロギアについて | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
金井寿男 | アウグスティヌスにおける愛の思想 | 「静岡女子大学研究紀要」10号 | S 52. 3 | |
金子晴勇 | アウグスティヌスにおける「超越」の意義-De vera religione を中心にして- | 「国立音楽大学研究紀要」10集 | S 51. 1 | |
金子晴勇 | アウグスティヌスにおける「心」(COR)の概念-cor inquietum の解釈を中心にして- | 「国立音楽大学研究紀要」11集 | S 52. 3 | |
金子晴勇 | アウグスティヌスにおける自由意志と悪について-De libero arbitrio を中心にして | 「国立音楽大学研究紀要」12集 | S 53. 3 | |
金子直一 | マイスター・エックハルトにおける<Negation>について | 「金沢大学法文学部論集 (文学編)」23号 | S 51. 3 | |
柏木英彦 | ソールズべリのヨハネスにおける弁証論 | 「中世思想研究」17号 | S 50. 10 | |
柏木英彦 | リールのアラヌス「アンティクラウディアヌス」について | 「慶応大学言語文化研究所紀要」7号 | S 50. 12 | |
柏木英彦 | ラヴァルダンのヒルデベルトゥス(1) | 「慶応大学言語文化研究所紀要」8号 | S 51. 12 | |
柏木英彦 | ラヴァルダンのヒルデベルトゥス(2) | 「慶応大学言語文化研究所紀要」9号 | S 52. 12 | |
加藤信朗 | CONSULERE VERITATEM (Augustinus De magisto XI, 38-XII, 40) アウグスティヌスの初期照明説をめぐる若干の考察 | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
清田寛 | アウグスティーヌスについての一考察(2)-“De libero arbitrio”第三巻における“voluntas”について- | 「宗教研究」51巻234号 | 日本宗教学会 | S 52. 12 |
小松茂 | 聖トマス・アクィナスと神学 | 「カトリック神学」32号 | S 52. 12 | |
近藤恒一 | 青年ペトラルカの古典研究-アヴィニョン時代初期のリウィウス研究を中心に | 「イタリア学会誌」24号 | 日本イタリア学会 | S 51. 3 |
近藤恒一 | ペトラルカと<アヴェロイスト> | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
近藤恒一 | ペトラルカとアラビア文化 | 「東京学芸大学紀要」第2部門第28集 | S 51. 10 | |
今義博 | アウグスティヌスの神体験における自己存在の理解-存在の根源的理解への開け- | 「中世思想研究」18号 | S 50. 10 | |
今義博 | アウグスティヌスにおけるintentio の意味 | 「山梨大学教育学部研究報告」第一分冊 (人文社会科学系) 第28号 | 山梨大学教育学部 | S 52. 12 |
小山宙丸 | 神学と哲学-ヨーロッパ中世の特異性とその思惟の特質- | 「東西思惟形態の比較研究」 | 東京書籍 | S 52. 3 |
小山宙丸 | 無知の知と知の無知-ニコラウス・クザーヌス『知恵について』冒頭をッ例として- | 「フィロソフィア」65号 | 早稲田大学哲学会 | S 52. 12 |
W. クルクセン | スコトゥスの神論の独創性 (西谷裕作訳) | 「聖トマス学院論叢」 | S 52. 8 | |
W. クルクセン | 中世における大学の起源 (川村栄助訳) | 「聖トマス学院論叢」 | S 52. 8 | |
日下昭夫 | トマス・アクィナスのアリストテレス解釈-「普遍因」をめぐって- | 「聖トマス学院論叢」 | S 52. 8 | |
久山宗彦 | 古代エジプトのアレクサンドリア教校の試み | 「三笠宮殿下還暦記念オリエント学論集」 | 講談社 | S 50. 12 |
久山宗彦 | アレクサンドリアのクレメンスにおけるヘレニズムの問題 | 「オリエント」18巻1号 | 日本オリエント学会 | S 50. 8 |
蒔苗暢夫 | トマスにおける個物の認識について | 「中世思想研究」18号 | S 51. 11 | |
増田三彦 | 抽象と表象像-聖トマスにおける抽象について | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
松田禎二 | 人類の歴史と終末-アウグスティヌス「神国論」の一考察- | 「聖トマス学院論叢」 | S 52. 8 | |
松田禎二 | アウグスティヌスにおける悪の問題 | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
三上朝造 | 十二世紀への郷愁 | 「創文」147号 | 創文社 | S 51. 1 |
三上朝造 | ペトルス・アベラルドゥスの学芸観 | 「史学」48巻2号 | 三田史学会 | S 52. 6 |
三上朝造 | シャルトル学派とその周辺-十二世紀人文主義の一側面 | 「史学」48巻3号 | S 52. 10 | |
宮谷宣史 | アウグスティヌスにおける回心の思想 | 「基督教論集」20号 | 青山学院大学 | S 50. 12 |
宮谷宣史 | 日本におけるアウグスティヌス文献 | 「神学研究」24号 | 関西学院大学 | S 51. 2 |
宮谷宣史 | アウグスティヌスの説教 | 「説教者のための聖書講解」14号 | 日本キリスト教団出版局 | S 51. 3 |
宮谷宣史 | 教会理解をめぐる争い-特に北アフリカとアウグスティヌスを中心にして- | 「聖書と教会」131号 | 日本キリスト教団出版局 | S 52. 2 |
宮谷宣史 | 四世紀における教会と国家 | 「聖書と教会」143号 | 日本キリスト教団出版局 | S 53. 2 |
宮谷宣史 | アウグスティヌス『告白録』の研究-試訳と解釈-(2) | 「神学研究」26号 | 関西学院大学 | S 53. 3 |
宮谷宣史 | 石原謙先生-その生涯と学問- | 「大学キリスト者」61号 | 日本YMCA学生部 | S 52. 3 |
水落健治 | 中期アウグスティヌスにおける聖書解釈の思想-De Doctrina Christiana I. 7. 7~I. 10. 10, II. 7. 11.- | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
水田英実 | クィディタース quidditas について-トマスの場合- | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
水田英実 | トマス哲学における至福の概念 | 「福井大学教育学部紀要I 人文科学 (哲学)」27 | S 52. 12 | |
森泰男 | アウグスティヌスにおける自然神学の問題 | 「西南学院大学文理論集」16巻1号 | S 50. 10 | |
森泰男 | アウグスティヌスの創造論における「種子的理念」の問題 | 「西南学院大学文理論集」17巻2号 | S 51. 12 | |
森泰男 | アウグスティヌスにおける時間と歴史 | 「西南学院大学文理論集」18巻2号 | S 53. 2 | |
森山治夫 | Duns Scotus の Univocatio Entis に関するノート | 「平安女学院短期大学紀要」7 | S 51. | |
村上一三 | アウグスティヌスにおける自由の問題 | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
長倉久子 | ボナヴェントゥラのイマゴ・デイ論について | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
長倉久子 | 神の像から神の相似へ-罪と恩恵に関するボナヴェントゥラの教説- | 「聖トマス学院論叢」 | S 52. 7 | |
長倉久子 | ボナヴェントゥラの存在論に関する若干の考察 | 「カトリック研究」32号 | 上智大学 | S 52. 12 |
中川純男 | アウグスティヌスとプラトンにおける「分有」 | 「中世思想研究」17号 | S 50. 10 | |
中野清 | 『告白録』におけるアウグスティヌスの神探究の道 | 「哲学論集」6号 | 上智大学哲学会 | S 52. 10 |
中澤宣夫 | アウグスティヌスにおける信仰と知解についての一考察-De Trinitate I 1-4 を中心として- | 「中世思想研究」18号 | S 51. 10 | |
野町啓 | 個体(1)-アリストテレスとトマス- | 「筑波大学・哲学・思想学系論集」1号 | S 51. 3 | |
野町啓 | Scripta Conscientia -クリスト教的良心観形成過程の一側面- | 金子武蔵編「良心」 | 以文社 | S 52. 10 |
野町啓 | ボエティウスの認識論-mens・ratio・intellectus・intelligentia- | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
小浜善信 | アウグスティヌスとデカルトに於ける cogitare の異同 I | 「神戸外大論叢」28巻1号 | 神戸市外国語大学 | S 52. 6 |
小浜善信 | アウグスティヌスとデカルトに於ける cogitare の異同 II | 「神戸外大論叢」28巻4号 | 神戸市外国語大学 | S 52. 9 |
大出哲 | De Abbreviationibus in Operibus Dionysii Areopagitae 1503 in Strassburg editis | 「室蘭工業大学研究報告」8巻3号 | S 50. 11 | |
大出哲 | Die Finsternis im scholastischen Gottsebeweis, Alte Fragen und neue Wege des Denkens (Festschrift für J. Stallmach) | Bouvier Verlag Herbert Grundmann | Bonn | 1977 |
岡野昌雄 | 序曲-『告白』第1巻第1章の研究- | 「西洋精神の源流と展開」-神田盾夫博士喜寿祝賀論文集- | ペディラヴィウム会 | S 50. 12 |
岡野昌雄 | 記憶論と『告白』の構造 | 「聖トマス学院論叢」-V.-M. プリオット師献呈論文集- | S 52. 8 | |
岡崎文明 | 初期アウグスティヌスにおける真理について | 「中世思想研究」17号 | S 50. 10 | |
大森正樹 | エックハルトにおける esse の問題-Exod. 3, 14 『在りて在る者』解釈を中心として- | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
大鹿一正 | 普遍の問題(一) | 「名古屋大学文学部研究論文集」 | S 52. 3 | |
大鹿一正 | 能動知性とトマス・アクィナス | 「中世思想研究」17号 | S 50. 10 | |
大谷啓治 | 12世紀における人間尊厳論の1例-サン・ヴィクトルのゴドフロワの『ミクロコスムス』- | 「哲学科紀要」1号 | 上智大学 | S 50. 3 |
K. リーゼンフーバー | The Bases and Meaning of Freedom in Thomas Aquinas, Thomas and Bonaventure | Proceeding of ‘The American Catholic Philosophical Association’ vol. 48 | The Office of The National Secretary of the Association, The Catholic University of America | 1974 |
K. リーゼンフーバー | The Institute of Medieval Thought at Sophia University | The Renaissance Bulletin vol. 3 | The Renaissance Institute, Tokyo | 1976 |
K. リーゼンフーバー | 教父時代と中世期における悪の理解-概念史的な一考察 | 「倫理学年報」26号 | 日本倫理学会・以文社 | S 52. 3 |
K. リーゼンフーバー | Partizipation als Strukturprinzip der Namen Gottes, Sprache und Erkenntnis im Mittelalter | Sociátá Internationale pour l’Étude de la Philosophie Médiévale | 1977 | |
K. リーゼンフーバー | トマス・アクィナスにおけるプラトニズム | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
K. リーゼンフーバー | 自由観の歴史的変遷 | 「中世とルネサンス」 | ルネサンス研究所 上智大学 荒竹出版 | S 52. 11 |
K. リーゼンフーバー | 根本決断の構造 | 「カトリック研究」32号 | 上智大学神学会 | S 52. 12 |
K. リーゼンフーバー | Grundentscheidung und Sinnbezogenheit, Tommaso d`Aquino nel suo settimo centenario | Atti del Congresso Internazionale vol. 6 | Edizioni Domenicane, Napoli | 1977 |
坂口ふみ | オッカムの予定論と一つの命題論規則 | 「中世思想研究」19号 | S 52. 11 | |
佐藤三夫 | ピコ・デッラ・ミランドラとエルモラオ・バルバロにおける雄弁と哲学 | 「流通経済論集」9号4 | 流通経済大学 | S 50. 3 |
佐藤三夫 | ジャンノッツォ・マネッティ『人間の尊厳と優越について』 | 「流通経済論集」10号3 | 流通経済大学 | S 51. 2 |
佐藤吉昭 | 質料と神-ヘルモゲネースとテルトリアーヌスをめぐって- | 聖トマス学院論叢 | S 52. 8 | |
渋谷克美 | ウィリアム・オッカムの様相命題の説明について | 「愛知教育大学研究報告」26号 | S 52. 3 | |
茂泉昭男 | アムブロシウスの De officiis ministrorum の思想とその位置I -virtus の概念を中心として | 「教会と神学」6号 | 東北学院大学 | S 50. 3 |
茂泉昭男 | アムブロシウスの De officiis ministrorum の思想とその位置II | 「教会と神学」7号 | 東北学院大学 | S 51. 3 |
茂泉昭男 | アウグスティヌスにおける virtus の概念の形成と『神の国』の成立I | 「教会と神学」8号 | 東北学院大学 | S 51. 12 |
茂泉昭男 | アウグスティヌスにおける virtus の概念の形成と『神の国』の成立II | 「教会と神学」9号 | 東北学院大学 | S 52. 12 |
清水富雄 | ニコラウス・クザーヌスの実践活動 | 「愛知県立大学文学部論集」28 | S 53. 3 | |
R. L. シロニス | スコトゥス・エリウゲナにおける否定神学と肯定神学および神現の弁証法 | 「カトリック神学」10号 | 上智大学神学会 | S 41. 12 |
R. L. シロニス | スコトゥス・エリウゲナにおける神認識の意義と価値,不可知論か合理主義か-肯定と否定の意義と価値 | 「カトリック神学」12号 | 上智大学神学会 | S 41. 11 |
R. L. シロニス | 偽ディオニシウスにおける神認識とスコトゥス・エリウゲナに対する影響について | 「哲学科紀要」3号 | 上智大学 | S 52. 3 |
鈴木和義 | トマス・アクィナスの神存在論証(I) | 「仙台白百合短期大学紀要」第6号 | S 53. 3 | |
高橋亘 | 自己認識に就いて-アウグスチヌスとトマス・アキナスの場合- | 「中世思想研究」19号 | S 52. 10 | |
田中千里 | アヴェロエスにおける「知性」と「本性」 | 「研究紀要」8巻1号 | 近畿大学教養部 | S51. 7 |
田中千里 | アヴェロエス研究-宇宙の永遠性について(I) | 「研究紀要」8巻3号 | 近畿大学教養部 | S52. 3 |
田中千里 | アヴェロエス研究-トマスのアヴェロエス派反論に反論して(A) | 「研究紀要」9巻2号 | 近畿大学教養部 | S52. 11 |
牛田徳子 | トマスにおける個別化原理としての質料概念と形相唯一説の問題 | 「中世思想研究」17号 | S50. 10 | |
和田トク子 | アウグスティヌスの愛の思想における「友と共なる生活」について | 「中世思想研究」13号 | S 46. 10 | |
鷲見誠一 | マルシリウス・パドゥアの実定法概念 | 「法学研究」48巻9号 | 慶応大学法学部 | S 50. 9 |
鷲見誠一 | マルシリウス・パドゥアの自然法思想 | 「法学研究」50巻8号 | 慶応大学法学部 | S 52. 8 |
山田晶 | トマス哲学の現代的意義 | 「中世思想研究」17号 | S 50. 10 | |
山田晶 | トマス・アクィナスにおける人間理性をこえた<<res invisibilis>>について | 「聖トマス学院論叢」 | S 52. 8 | |
山田晶 | トマス・アクィナスにおける<<causa rerum>>について -Sum. theol. I, q. 14, a. 8- | 「哲学研究」534号 | 京都哲学会 | S 52. 12 |
山田弘明 | ポンポナッツィとトマス・アクィナス -魂の不死性をめぐって- | 「中世思想研究」19号 | S52. 11 | |
八巻和彦 | ニコラウス・クザーヌスにおける認識の問題-De coniecturis を中心にして- | 「哲学論叢」26輯 | 東京教育大学哲学会 | S 49. 10 |
八巻和彦 | ニコラウス・クザーヌスにおける Omnipotens Deus の復権-De possest を中心に | 「哲学論叢」28輯 | 東京教育大学哲学会 | S 51. 11 |
八巻和彦 | ニコラウス・クザーヌスの Theophania と Deificatio | 「和歌山大学教育学部紀要」26集 | S 52. 3 | |
山村敬 | 聖霊論の展開と教父の哲学-ニッサのグレゴリウス研究序説(一)大バシリウス- | 「思索」5号 | 東北大学哲学研究会 | S 47. 10 |
山村敬 | Bishop of Sendai. The Developement of the Doctrine of the Holy Spirit in Patristic Philosophy : St. Basil and St. Gregory of Nyssa, Translated into English by H. G. Seraphim (上記書誌の英訳) | St. Vladimir’s Theological Quarterly | New York | Number 1 1974 |
山村敬 | 聖霊論と哲学の言葉性-ニッサのグレゴリウス解釈の問題- | 「中世思想研究」16号 | S 49. 10 | |
山村敬 | オーソドックス思想の伝統と近代-現代ギリシアの思想史的位境(その一)- | 「東北学院大学論集(一般教育)」64号 | S 52. 3 | |
山崎裕子 | 「正しさ」としての真理-アンセルムスにおける真理概念- | 「哲学論集」5号 | 上智大学哲学会 | S 51. 10 |